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October 21, 2010

靴を脱ぐ生活は続けているのだけど。日本やなーと思うことは少なくて

Kutunugi_2脚下照顧

木と石と漆喰の玄関
自然の色に囲まれたナイキ

この隔たりの中に昭和と平成がある

昭和30年代まで日本人はしっとりと暮らしていた
こんな空間に慎ましやかに、息を整えて、通る風に四季を感じて

庭に出ると月が見える
視界が開けていて

都会にいると、満ち欠けする月を探すことさえ忘れてしまう

モノ的には、確かに豊かになったのでけれど
世界のどの国より多くの生活アイテムを取りそろえていながら

和の空間で過ごす「誇り」はどこかに消え失せた

祇園の料亭を守る女将と話したことがある
「大きくなって、嫁いで、仕事を持って、子供を育てて、孫が出来て。どこでもしたはることをうちもしてきたけど、うちはうちのやり方でやって来た。大女将の、そして女将の顔色もちゃんと見て、受け継いできはったやり方を引き継ごうとおもうて」

「祇園の人は、じぶんとこのやり方で、じぶんとこの商売を守ったはる。世界に一つしかない祇園の火をけさんように気張ったはる。みんな「誇り」もって生きたはる」

京言葉のなかでも花街の言葉は、艶の前にハリがある。そこには、お客さんのおもてなしを通して磨かれたプライドがじんわりとにじみ出ていた

ほんとうに値打ちのあるもん、それは日々の生活の中で磨かれる

くつぬぎ石の上で紐をほどいて、この靴どうすんのやったっけ、と思いながら
日本人でよかったなー、と

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